連載「にゃんぞぬな日々」

にゃんぞぬデシの日々を毎月22日に更新します。

2019.11.22 私、熱が出ると虫の気持ちになる。

高校生の時『虫の子』という曲をつくった。誤って家の中に入ってきてしまった虫が主人公である。ライトの光を太陽の光だと思い電球の裏に飛び込む。そこから出ることができずにそのまま死んでしまうという歌である。
私は先日熱を出した。ふらふらとした身体、朦朧とした視界。機械のように私はみかんを食べていた。
「いま虫が家にいたら、この捨ててしまうみかんの皮に対して美味しい、良い色、暖色温かい、ちょっとすっぱいとか感じてくれるんだろうな。」とだけ思った。そこで、気づいたのだった。
『私、熱が出ると虫の気持ちになる。』
そんなことが発覚した矢先、友人の家でご飯を食べている際、大きな蚊が私の右手に止まった。
「そこはあなたのチェアーではない」と冷淡な口調で、かつなぜか椅子を英語で言いたくなるほど、羽を休めてくつろいでいる感が漂っていた。
いつもならば、虫がついていることを知った瞬間に身体をパタパタとさせ、本能的な遠心力を発揮する私が蚊のノリに流されていた。
だから友人も冷静に「ティッシュ?それとも手で叩く?」と聞いてきたのであった。
蚊からすれば恐怖でたまらない。己の生死に関与する作戦会議を目の前で開かれているのと同然である。虫の気持ちに的にこれは確実に逃げるべきであるのだ。しかし、蚊はまだ私の右手に座っていた。
良かったぁぁ逃げられなくて。
いや、しかしこれは蚊が人間の言葉がわからないということが完全に証明されてしまったということなのではないだろうか??!
そうなってくると、『私、熱が出ると虫の気持ちになる。』のやつも、『私、熱が出ても虫の気持ちになれない。』に逆転してしまうのではないか? なぜならば、私が彼らの気持ちを考える上で言葉は不可欠なものであったからだ。
だから、これらを踏まえて考え直してみよう。この蚊が思っていたことはこういう感じだろう。
「食料」「食料」「食料」「食料」「食料」
おそらく、蚊からすれば人間も人間以外の動物も同じように見えているんだろうな。だってよく猫とか犬も刺されているの見るから。蚊の目線って平等でいいな。
私の前世は恐らく虫だ。
『私、熱が出なくても虫の気持ちになる。』

2019.10.22 ブルートゥース先生

最近Bluetoothのイヤホンを購入した。買った理由は、私の携帯にはイヤホンジャックが付いていないため有線イヤホンに接続するためには短い接続端子を使用しなければならないのだが、その端子をすぐに断線させてしまう日々から卒業したいと思ったからである。悪く言えば環境からの逃げなのかもしれないが、全く悪いことではない。時々、そう言う人もいるだろう。しかし、それを飲み込んでいては相手の思うツボなのである。
そんなことを思いながら、イヤホンが断線しているため音楽を脳内再生しかできずに歩いていた矢先に、格安1000円弱のBluetoothイヤホンを発見したのであった。最初だったので音質や性能にはこだわらず、すぐに購入した。
帰宅してすぐ取り扱い説明書を読み、携帯とイヤホンをBluetoothで接続した。
「Your headset is connected.」うぉぉ喋った。イヤホンが喋った。なんか嬉しい。
つけてみたところ音質は悪い。とても悪い。しかし、なんとこのイヤホン、音楽もラジオもにゃんぞぬデシのYouTubeですら聴きながら充電ができるのである。そして、なんとこのイヤホン、音楽もラジオもにゃんぞぬデシのYouTubeですら聴きながら動き回れる。このイヤホンのおかげで部屋が片付いた。
そして、奇跡が起こった。何気なくイヤホンに付いているボタンを長押ししてみると次の曲に飛ばせたのである。取り扱い説明書には「次の曲に飛ばす機能は付いていません。本体で操作してください。」とはっきり記されているのにである。
この嬉しさを与えるためにそう書いたんだろうか。なんて、エンターテイメントなイヤホンなんだ。こうして、私の中でただのBluetoothイヤホンだったあなたは恩師ブルートゥース先生へと変わっていったのであった。
以下は私がブルートゥース先生の元から卒業する時が来てしまった日、ゴミ箱に入れる前に読もうと決めている謝辞の一部である。
ブルートゥース先生は片付けまでさせてくれて、生き方まで教えてくださった私の恩師です。誰かや自分が思ってしまった「できない」に決め付けられるのではなく、ノリでもいいからやってみるということの大事さを学びました。また、できないと思いつつもやってみてできた時の喜びは素晴らしいことを知りました。だから私はできないと思いながらも色々なことに挑戦していこうと決めました。私の目標はブルートゥース先生のようにエンターテイメントな人生を送ることです。今までありがとうございました。THE END
ブルートゥース先生からの卒業を出来るだけ遠い未来にするために、私は気をつけなければならないのであった。その頃にはきっと「Your headset is connected.」という発音だけが得意になっていることだろう。

2019.09.22 反比例生活

私には昔からベストセラー作家である、ジェーンさんという知り合いがいる。
あれは7日前だった。ジェーンさんから突然、「あなたに私の豪邸を譲り渡すことにした」という電話がかかって来たのであった。私は状況が理解できなかったが、ジェーンさんによるとベストセラーになった本の着想をなんと、この私が与えていたというのである。だから恩を返したいらしいのだ。
いくらなんでもと思った。しかし、私は好意を拒むのは苦手なのである。例えば、「ガム食べる?」と差し出したのに対し「いらない」という光景を見るとなんだか切なくなる。「いらない」と言った対象がガムそのものではなく、「あなたにガムをあげよう」と思った気持ちに向けられているように感じてしまうからだ。実際そうではないとしても。だから私は引き受けることにした。ガム1粒と豪邸が同一線上で比較された瞬間である。
早速私は豪邸へと向かった。家に入ると外にいた白い猫も一緒に入って来た。「にゃんすけ」という名前が似合う。いっしょに暮らすことにした。
豪邸は12LDKくらいあるのだが、ジェーンさんが使っていなかった部屋が多く、リビング以外は蜘蛛の巣が張り巡らされていたり、床が壊れていたりする部屋ばかりである。
私は大切なジェーンさんに貰ったこの豪邸のすべての部屋をリフォームしようと決心した。しかし、そのためにはリフォームをするためのお金が必要である。しかし、お金を稼ぐためには次々とステージをクリアしていかなければいけない。目の前には赤、黄色、水色、緑とカラフルなブロックが敷き詰められている。同じ色を3個以上並べるとブロックを消すことができるのだ。私は一刻も早くリフォームをしたいという使命感にかられ永久的にお金を稼いでいるのである。1回ではクリアできないステージもあるが何回も何回も挑戦していくと想定外のミラクル連鎖によりクリアすることができる。そうして今まで128個ものステージをクリアして来たのであった。
ふと、窓の隙間から聴こえ始めた鈴虫の歌声に別世界に連れて行かれてしまった。いつもこういうことは突然だ。ジェーンさんなんて知らないし、豪邸も貰っていないし、新しい家具も届いていないし、猫もいないし、お金も溜まっていなかった。
積み上げたものといえば洗濯物の山である。鈴虫が歌いだす前からそんなことはわかっていた。低気圧で頭が痛い。夏は過ぎ去って冬に進んでいく。街に出れば、SNSの海に出れば、楽しそうな人ばかりが目に入る。
だからこそ私は、この〝反比例生活〟を繰り返すのであった。

2019.08.22 カナブンの味方

休日、昼の浮かれた人々がよく目立つガヤガヤ号とは裏腹に、夜10時の電車はガラガラであった。祭りに行ったわけでもないのに、祭りのあとのような気持ちになる。私は椅子に吸い込まれるように腰をかけ、電車の出発を待っていた。
すると、出発時間ギリギリに駆け込む男女が1組私の目の前に座ってきた。手を繋いでいる。この2人にはラブラブという言葉がよく似合う。しかし、このあと軽はずみな言葉が火を灯し、爆発するかもしれない。数時間後には泣いているかもしれない。などという一寸先の闇を考える時間など2人には用意されていない様子である。
私は電車の中に貼られた広告を見るふりをして、2人のことを見つめていた。すると、女性が男性の肩に頭を置いた。よく見る光景だが、異なる点が1つだけあった。女性が目を見開いているのである。眼差しが前方に向けられているのである。女性の黒目の中心から真っ直ぐに線を引いたのならば私の黒目の中心に到達する。目の前に人が座っているのだから、目の前に1人で人が座っているのだから、少しは気を遣って欲しいものである。目を瞑るとか、目線を少し下にするとか。そんな、ガン見される位置に顔を持ってこられては私が目を瞑るか、目線を少し下にしなければいけないではないか。私が2人のことを見つめられなくなってしまうではないか。一寸先の私など女性には見えていない様子である。
とても楽しい時間であったが、残念ながら私はここでお別れだ。電車は駅に着き、私は外に出た。すると、カップルが発車ギリギリで駆け降りてきた。私は恐ろしくなった。これはまさか、私が見つめていたのではなく、私が見つめられているのではないか。私はスパイに追われているのではないかと。
だから、靴を履き直して男女に前を歩かせることにした。良かった。普通に私を追い越して、2人はウキウキと歩いて行った。それと同時に一寸先の私など2人には見えていなかったことが証明された。
しかし、私は見てしまった。一匹のカナブンが男性の肩に飛び乗って来たのを。あんな大きな虫が肩に乗っかっていては気付いた時にかなりびっくりするだろう。いや、しかしこの2人ならば肩についた虫さえも笑いの種にするだろう。全然面白くないですよ。
カナブンは2人の行く末が気になるのであろう。その気持ちがとてもよくわかる。改札を抜けても一寸隣にいる虫さえも2人には見えていない。
どうか、振り払われて怪我しませんように。どうか、香水の匂いで気持ち悪くなりませんように。どうか、部屋に入るまでに飛び立ちますように。閉じ込められて、外に出れずに死んでしまう前に。

別れ道に差し掛かる。
「どうか、お元気で。」2人に言ったわけではない。

2019.08.16 【にゃんぞぬな日々・特別編】
「勘違い心拍数」インタビュー

——まず、初のドラマ主題歌のオファーを受けた心境から聞かせてください。
 音楽活動をしている上で、ドラマのオープニングテーマを歌うことは、当たり前のように夢だったんですね。でも、聞いた時は「やったー!」っていう喜びよりも、ドラマを映えさせる曲を作らなければいけないっていう使命感の方が勝っていて。せっかく頂いた貴重なお仕事に応えられるように、冷静に頑張ろうって思いました」

——ドラマ側から何かリクエストはありましたか?
 「疾走感があって、ちょっと懐かしい感じ」っていうことを伝え聞いておりました。もともと懐かしいような曲が好きなので、自分が好きなものと近いもののご依頼でよかったなって思いましたね。

——書き下ろしになってますが、楽曲制作はどのように進めていきました?
 ドラマの資料と相関図、数話分の台本をいただきました。最初は「ドラマに合うように作ろう」って言う冷静な責任感が大きかったんですけど、台本を読んでいるうちに、そういうのに関係なく、「ああ、もう作りたい作りたい」っていう思いが溢れてきて。結果、本能的に作れたと思います。台本を読んでいるだけで、本当に頭の中で連続ドラマが浮かんできたし、音楽を聴いてるみたいに体がリズミカルに動いしてしまうんですよ。めちゃめちゃ面白いドラマなので、アイデアが溢れすぎて、どれにしようか迷いましたね」

——デシさんが台本を読んで感じたこと、共感した部分はどんなところですか?
 主人公のムロツヨシさん演じる狛江さんは、自分の言いたいことをあまり言えないで、力のある強い人に丸め込まれてしまってるような気がしたんです。自分もそういうことがあるし、学校や会社でも、権力のある人と意見が違ったら、自分の意見を言うことで自分の立場がなくなってしまったりするじゃないですか。たとえ言いたいことがあったとしても、言った場合のリスクを考えたら、やっぱり言わない方がいいって思って言えないことがあるなと思って。そう社会の中で生きている方が主人公になって、毎日を戦っていく。きっとみんなの心に刺さるし、いろんな人の背中を押すようなドラマなんじゃないかと思いました。

——デシさんの中にも狛江さんはいますか?
 超いますね。あははははは。人と意見を合わせて、家に帰って一人になってから後悔した経験はいっぱいあります。なんであの時、自分が思ってたことを言わなかったんだろうって。でも、人と合わせてる時は、合わせてしまってることに気づいてない場合もあるんですよね。我に返った時に、「あんとき絶対に威力に押しつぶされていた」って気づく。相手の圧に負けて、自分の考えが言えなかったなっていうことがありますね。

——先輩後輩、上司や部下という縦社会では避けて通れない部分がありますね。
 そうですよね。私は「嫌だな」って思った時は曲にすることができるし、ツイッターやSNSで発散できる人もいると思うんですけど、ずっと溜め込んでしまう人は絶対に辛いだろうなって思って。私、ツイッターを結構見るんですけど、全く知らない人が「自分は周りからおとなしいって思われているけど、それは間違ってる。大人しい人を演じてるだけだから」ってつぶやきがあって。人が表面的に見せている部分と、心の中で思ってることって、やっぱり全然違うんだなって共感して。そういう思いも込めて作りましたし、「あ、今、自分が思ったことを言えてないな」っていう状況になった時にこの「勘違い心拍数」を頭の中でループしていただきたいなと思います。言いたいことが言えないときに自分の気持ちを鼓舞する戦闘歌になったらいいなと思います。

——モチベーションを上げるパワーソングっていうイメージなんですね。でも、最初はラブソングなのかな? と思いました。
 あははははは。自分の心にストレスや刺激があった時って、動悸がしてくるじゃないですか。リアルに動悸を感じなくても、焦ったり、心が痛くなったりする時って、ドキドキしてる状況なんだなって思って。そういう他人からのマイナスな<ドキュンドキュン/バキュンバキュン>が降りかかってきた時に、ただ痛いって思うだけだと、辛くなってくるから、恋に勘違いさせて、プラスに持っていきたいなと思って。恋に落ちた瞬間ってキラキラしてると思うので、マイナスの<ドキュンドキュン/バキュンバキュン>って感じた時に、あ、今、自分は恋に落ちたんだ! って思っちゃいたいなと思ってこの歌詞にしました。

——嫌なことを言ってきた相手に対して?
 全く別の次元ですね。よくない心拍数になった時に、自分で勘違いして、いい方向に自分を思い込ませるようになりたいっていう感じです。恋に落ちたときは、いろんなものが楽しく見えるから、それを利用して、マイナスな感情を忘れようってことですね。

——確かに聴いてる間に嫌なことを忘れちゃうような爽快感があります。サビの最後には踊りながら一緒に「イエイ!」って一緒に言いたくなリますし。
 ありがとうございます。<イエイ!>は歌ってる最中に言いたくなってつけましたね。

——サウンド面ではどう考えてましたか?
 私、これを作ってる最中に、ずっとモー娘。さんの「LOVEマシーン」や「恋愛レボリューション21」、DJ OZMAさんの「アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士」のように、すごいポップで、みんなでわーいって騒いだり、体がめちゃくちゃ踊る曲にしようと思ってたんですよ。でも、サビが<ドキュンドキュン/バキュンバキュンさせて>だから、アレンジもポップにしたら、ポップ×ポップでくどくなっちゃうんじゃないか説が出てきて。もっとセンシティヴな感じにするのはどうだろうかっていうアイデアを会議でいただいて。私、今まで作った曲も、あえて違う方向性のアレンジを形作るっていうのを考えたことがなかったんですよ。自分が作った歌詞、メロディと同じ線上にあるものしか作ってこなかったので、やってみたいって思ったんですね。そこで、美濃(隆章/toe)さんサウンドプロデュースをお願いしまして。

——アレンジを受け取ってどう感じました>これまでにないニューウェーブ〜ポストロック感のあるクールなバンドサウンドになっていて、ちょっと新鮮でした。
 最初は動揺したんですけど、化学反応ってこういうことなんだな! って、私の中で革命が起きた感じでした。ポップポップを重ねると、サビの部分は繰り返しが多いので、お腹いっぱいになっちゃってたかもしれないなって思うんですけど、美濃さんのアレンジによって、本当に何回聴いても飽きなくなった。深夜の高速も走りたくなるし、朝の電車の中でも聴きたくなるし、本当にすごいなって思いました。

——確かに都会のナイトミュージック感がありますね。歌入れはどんなアプローチで臨みました?
 私はニュアンスとか感情を歌に乗せがちなんですよ。でも、今回はこういうアレンジになったし、サビも<ドキュンドキュン/バキュンバキュン>だから、あまり感情を乗せないほうが、逆に伝わるんじゃないかと思って。暑苦しくなっちゃうと、くどくなっちゃうので、すごく冷静に歌うことに特化しました。あと、私は歌う時に、ちょっと後ろにためてしまう癖があったんですけど、今回はオンタイムでやろうと思って。歌いながらすごい心地よかったし、いろんな発見がありましたね。冷静に歌ってみても、感情を入れてる時と同じくらい、心の中にはふつふつと燃えるものがあった。いつもより抑揚はつけていないけれども、内に込めたものを燃やしながら歌っておりました」

——ドラマのオンエアが始まりましたが、ドラマに歌がついたのを見て、ご自身ではどう感じました?
 私が見る限り、すごくハマってました(笑)。ぴったりだと思います。1話では、地方に飛ばされたムロさんが飛行機で隣に座ってきた人の肘掛を取り合いして、ムロさんの分の肘掛も占領されてしまうシーンで流れたんですよ。私は台本を読んでる時にそこに心を打たれてしまって。あのシーンをイメージして書いたから、そこで一緒に流れてるのが本当に嬉しくて、感動しましたね。

——(笑)どうしてあの小競り合いのシーンにグッときました? お金持ちのエリートサラリーマンとムロさんが対比になってるシーンですよね。
 帰国子女の友達がいるんですけど、ちょうど帰国子女について考えてた時期があったんですよ。帰国子女って、言ってみれば、自分の力じゃないじゃないですか。生まれてくる環境は自分では選べない。そういう意味では、みんなが帰国子女になれるわけじゃないから、人は平等ではないって考えたんですよ。でも、平等じゃないながらも、みんな投げ出すことなく、朝、電車に乗って働いている。それは、とても強くて美しいことだなって思って。そう言う思いも込めて書きましたね。そして、2話目からはOP映像と一緒に流れるんですけど、<ドキュンドキュン/バキュンバキュン>のところも、拳銃で撃たれたように弾ける感があるし、デザインもレトロポップでカラフルな色彩に合わせてくださってて。何回も見たいですし、毎週のオンエアが超楽しみです!

——ドラマを観て、デシさんを知ったという方にはどう届いて欲しいですか?
 ドラマが本当にリズミカルで、この曲も体が動いてしまうので、ドラマのイントロのような気持ちで全てを通して楽しんでいただけたらいいなって思いますね。この曲を聴いたら、ムロさんや古田新太さん、田中圭さんが、愛を持って生きているシーンが浮かぶような曲になって欲しいなと思います。

——夢を/愛を育てていきたいと歌ってますもんね。
 そうですね。まず、自分に対して愛を持ってたら、人に対しても愛を持てる気がするんですね。自分がする発言に関しても尊重できるし、その発言を受け取った人も愛を感じれる。そうやって連鎖になっていく気がするし、夢や情熱を持って生きていきたい。全てのものに対して大切だって思える心をベースで生きていけたらいいなって思いを込めております。

——最後に今後の目標を聞かせてください。本作の発売日には21歳になってますね。
 とても良い曲ができたので、まずはこの曲をたくさんの人に聴いていただきたいと思います。私は音楽に救われながら暮らしているんですけれども、少しでも誰かを応援できる曲になったらいいなと思います。そして、今回のレコーディングでは、テンポをオンで歌ったり、アレンジを違う方向性にしてみたり、いろんな新たな挑戦をできたので、もっとやってみたいなっていう気持ちがあります。今、いろんな曲を製作しているので、作詞作曲の状態から新しいチャレンジを考えながら、たくさんの曲を作っていきたいなって思います。

取材・文/永堀アツオ

2019.07.22 もてあそばれました。

今日はとても暑い。時刻は14時を回ったところだろうか。真昼の太陽を吸い込んでしまったコンクリートが、太陽を吐き出しているのである。
目的地まで20分くらい歩かなければいけない。歩き始めた地点で喉が渇いていた私は、半分くらいの地点でとてもとてもとても喉が渇いた。コンビニに行きたい。コンビニがなければ自販機でも構わない。しかし、横を見ても遠くの信号を渡ってもどこを見てもそこにあるのは高層マンション。無人島なのだろうかと思うくらい、水分の販売を行っていない土地である。ここは高層マンションだらけの無人島である。
いや、無人島ならばどこかから湧き出るオアシスがあるはずである。目に映る水といえば、昨日の雨で生まれた水たまりが車に轢かれているだけである。もう、これはグーグルマップに頼るしかないとおもったやはり、グーグルマップは最強である。7分歩いた先に某コンビニがあると言い、案内を始めてくれたのである。私は干からびながらも7分間案内に従った。目的地とは反対方向であった。
そして、ついにたどり着いた。目の前に広がるのは、高層マンションであった。
『ん、某コンビニは何処へ?』
私は某コンビニに電話をかけることにした。
私「すみません。店内にはどうやったら入ったらよいでしょうか?」
店員さん「こちらの店舗は住居者様しか利用できない形となっております」
私「かしこまりました。ありがとうございました。」
電話を切ったあと、今私の心は全然かしこまっていないということに気が付いた。え、こんな高度な弄ばれ方ありますか?会員になっていないと、利用できない施設やお店は時々あると思う。しかし、このコンビニはあの某コンビニなのだ。住居者様しか利用できないお店があるのはとても便利で良いことだと思う。しかし、なぜそのコンビニを某コンビニにしたのだろうか。もしくは、某コンビニでも良いけれどなぜ地図に載せるのだろうか。私は思った。某コンビニにすることによって「私達住居者は某コンビニを一人占めできる」という優越感に浸ることができるのだ。住居者様が駅前のコンビニのレジに人がたくさん並んでいるところを見たならば、こう思うことだろう。
『あんなに並んで買わなきゃいけないなんて可愛そうなんだろう。』
私は見下されている。コンビニを利用するために、今すぐにこの高層マンションを買うことにしようか。以上干からびた心でお届けいたしました。

2019.06.22 ネコの集会

あの、猫の集会って知ってますか?
猫の集会とは猫が数匹集まって会を開くことを言います。
絵本の中の話と思わせといて、これが現実の中の話なんです。
なんで現実の中の話なんて、言い切れるの?って思わせといて、これが言い切れる事実を私は隠し持っているのです。
今から私は自慢をします。
自慢というのは、会話の中に上手く馴染ませるよりも宣言してからする方が嫌味がない気がするんですよね。
話を聞いているときに宣言されないで自慢された時って「自分の心が霞んでいるから、自慢に聞こえてしまうんだなぁ」って虚しくなることがあります。
だから、自慢か自慢じゃないか確認したくなります。
しかし、「それって自慢?」という正真正銘の疑問を放ってしまったのならば、それは疑問ではなく喧嘩の販売委員と化してしまうのです。
ということで、今から私は自慢します。
私には猫の友達がいる。友達と思っているのは私だけかもしれないけれど、もしもそうだとしても友達ということに変わりはない。
ほとんど黒色で、足に白い靴下を履いている猫、私称「几帳面」だ。
なぜ「几帳面」かと言うと、白い靴下はすぐに汚れが目立ってしまう。それを毎日履いているということは毎日丁寧に洗わなければならない。すなわち几帳面じゃないと出来ない技である。
時は6ヶ月ほど前に遡る。
風が心地よくスカートの裾を通り抜ける、月の光に照らされた路地裏での出来事である。
いつものように私は几帳面の喉を撫でていた。几帳面は喜んで喉からゴロゴロという音を出し、お腹を出しながらゴロンゴロンと横になっている。
しかし几帳面はいきなり立ち上がったのである。私には几帳面の頭の上に赤い絵文字のビックリマークが点いたように見えた。いや、あれは本当に見えた。
すると、几帳面は数秒前まで私と共に過ごした時間が演技でカットがかかったかのように、颯爽とどこかに走って行ってしまった。
そんなに急いで辿り着く場所って一体どこなの?
私はこっそり後を追いかけた。
そして私は見てしまったのである。几帳面と、その他3匹の猫が円になっているのを。なるほどこれが猫の集会か。几帳面は猫の集会に私を招待してくれたのか?
几帳面も私のことを友達と思ってくれているのか?もしもそうじゃなかったとしても友達ということに変わりはない。
ここまで読んでくださった皆さま猫の集会に参加してみたいと思いましたか?思いましたよね?
あのですね、「猫の集会に招待されていたのかもしれないミュージシャンにゃんぞぬデシ」のワンマンライブに行くと猫じゃらし(新グッズ)をふりながら「にゃーにゃー」と鳴いて猫になれるらしいんです。
ということはですよ!!
にゃんぞぬデシのライブに行けば、自慢することができるんです。
「この前、ネコの集会に参加してきた」って。

2019.05.22 五月健康

五月病って言葉かっこよくないですか?読み方がサツキならば尚かっこいい。
なんですけど、五月にだけ焦点が当てられているのって五月的には心外だと思うんですよね。
「え?なんで自分だけ?」「ひどくない?」「他の月もなかなかなことやってるよ?」皆さま、聞こえますでしょうか?五月の声が・・・
私には聞こえてしまったので、一月から十二月まで作ってみました。

一月病:西暦が変わったことにまだ馴染めていないため、書類などを書く時に去年の数字を間違って書いてしまうこと。
二月病:二月十五日にバレンタインデーが昨日だったことに気づき、なんだか虚しくなること。
三月病:もうすぐで離れ離れになってしまうあの人に想いを伝えるべきか伝えないべきか悩みすぎること。
四月病:昼と夜の寒暖差が激しくて着る服に困ること。
五月病:五月病になっちゃったなぁと思うこと。
六月病:天気予報を見ずに出かけたら雨が降る日が多くて家にビニール傘がたまっていくこと。
七月病:もう夏になったというのに夏っぽいことをできずに今年も終わっていくんだろうなという想像をして悲しくなること。
八月病:花火の音だけ聞こえてきて、今日もどこかでお祭りだなと思うこと。
九月病:夏休みの間に会ってなかったあの子の髪型が変わってたなと思い出すこと。
十月病:特に何もないなぁと思ってたらあっという間に過ぎること。
十一月病:クリスマスについて考え出すこと。
十二月病:クリスマスが終わったらすぐにお正月の方へと移り行き、あっけないなぁと思うこと。

大丈夫じゃないことがいつもになってしまうのらば、やがて全てが大丈夫になっていくかもしれません。
睡眠のことだけは好きでいたいね。明日も健康に生きましょう。

2019.04.22 令和令和令和

こんにちは。春です。にゃんぞぬデシですね。
気づいたんですけど、にゃんぞぬな日々は今月号で1周年でした。読んでくださってありがとうございます。
ということで、いかにも「にゃんぞぬな日々」というような内容にしていくことにしました。
そう、書きたいことは山ほどあるのですが、タイムリーな事はタイムリーな内に書いた方がもぎたてフレッシュ感あるよね。
4月1日に新元号が発表になりましたよね。
4月1日は月曜でした。
空は青い、風は穏やか、春がとても素直な日でした。
私は毎週月曜日15時から1時間、渋谷のラジオという渋谷区のコミュニティFMで生放送をしているのです。
「吉笑に美津留ににゃんぞぬデシのファンタジオ渋谷」という番組です。
落語家の立川吉笑さんと、放送作家・音楽家の倉本美津留さんと3人でやらせて頂いています。お2人のお話はどんな時でも途切れる事がなく、24時間放送とかでもいけるんじゃ無いかと本気で思っています。
『ファンタジオ渋谷というのはファンタジーとラジオを掛け合わせた造語で、その名の通りファンタジーなラジオです。この1時間はファンタジーが当たり前な世界です。だから、ファンタジーが当たり前では無い日常から少し抜け出してみてはいかがでしょうか?』
以上ラジオCM風でした。
4月1日の話に戻ります。
私が目を覚ましたころには新元号が発表されていました。エゴサをするためにツイッターを開くと、令和で埋め尽くされていて、お祭り〜楽しい〜って思いました。
しかし、いざラジオ局のある渋谷に降り立った瞬間になんだか、街行く人々から新しい息吹と足音を感じたのでした。そうか、これが令和パワーか。その時私に初めて、元号発表の時なぜ起きていなかったんだろうかと、しっかりとした後悔が生まれたのでした。
私は歴史的瞬間に眠りの世界にいたのです。「起きたら世界が千年後だった」みたいな感覚ってこんな感じじゃない?って思いました。
そんな気持ちを抱えて「渋谷のラジオ」のスタジオに行ったところ、光り輝くヴェールを目撃したのでした。
スタッフさんが「令和」と習字風に二文字、全面に印刷されたTシャツを着ているではありませんか!!
時代に取り残された私にとって、このTシャツは令和に追いつくための最大の必須アイテムなのです。
「そのTシャツどこで入手したんですか!??」
食い気味で聞いたところ、なんとスタジオの近くで無料で配っていることが発覚したのでした。
20分くらい並べばゲットできるとのことだったので「ファンタジオ渋谷」の生放送が終わってから私はこれで時代に追いつけるとウキウキルンルンキラキラニコニコで配布の列に並んだのでした。
1時間後に曲を録音するためにスタジオに行かなければならなかったので、若干急いでいたのですが30分経っても順番がきません。40分経ってもまだ順番がきません。録音の時間が短くなるという事は私がミスをしなければいい事なのです。だから、この列を外れるという選択肢はこの世にありませんでした。
45分が経過した頃やっと光輝くヴェールに包まれた令和Tシャツが私の手に受け渡され、無事に私は時代に追いつくことができたのでした。
そして、令和パワーで録音も一発で成功したのでした。
今、一応ホームページに第一回目の「にゃんぞぬな日々」を見に行ったのですが、先に言います。
すみません。
第一回目が5月22日だったので1周年じゃなかったです。

2019.03.22 鳩になってしまいました

皆さんは外に出た日に、鳩を見ない日がありますか?
見ない日もあるかもしれないですね。でも、きっと彼等の方はこちらを見ています。
電信柱の上から、木の上から、ビルの上から、あなたの足元から。自分の体より何倍も大きな人間がいっぱいいる道でさえも、同じ場所を歩ける鳩の勇敢さというのは只者ではない。だって、ゴジラがいっぱい歩いている道を普通に歩ける人間って存在するんですかね。
だから鳩はすごいのである。
もしくは、自分のことを羽の生えた特別な人間だと思い込んでいるという説もある。そうでなければあんな余裕に道路を歩けない。そう考えると、私も何でもかんでも思い込めば余裕な人間になれるかもしれない。
やっぱり思い込むのであれば、「思い込んでいる」ということに気づかないで思い込みたい。なんだけど、「思い込む」という言葉を知ってしまっている時点でそれは無理っぽい。
こんな感じで、鳩の考えを考えて散歩してたんですけど、鳩とスズメがすれ違ってるところを目撃したんですよね。この2羽って会話とかできてるんですかね?
でも、鳥類同士だから、関係性的に人間とゴリラみたいな感じで、言葉は通じないんですかね?
言葉は通じないけど、「あなたの考えていること、少しならわかる気がするよ!!」的なスタンスなんですかね?でも、もしもゴリラが人間の社会で共存してたら今よりもっと意思疎通が図れてくると思うんですよね。だから、鳩とスズメは少しの会話ならできるという結論に至りました。あと、鳩って夜どこで寝てるんですかね?夜ってあんまり見かけないですよね。早寝早起きで規則正しいところ見習いたいですよね。あと、鳩って音楽とか聞いたりするんですかね?5時の夕焼け小焼けとか聞いて、「あぁもう5時かぁ」とか思ったりするんですかね?あと、鳩って「♪ポッポッポー鳩ポッポー」の歌を聞いた時「やば!!!自分の歌じゃん!!!テンション上がる〜!!!ポッポポッポー!!!」とかはしゃいだりするんですかね?
鳩のことばかり考えていたら私は飛べない鳩なのかもしれないって思いこんできました。これを読んでいるあなたも、もう鳩になっています。人間に気をつけたいです。

2019.02.22 トレンド1位:にゃんぞぬデシ

都内某所にて、にゃんぞぬデシが主題歌を担当した映画の完成披露試写会が行われており、私も登壇させていただいた。注目作品であり、出演者の方々も豪華。報道陣が大勢いる。そして、案の定私はある件について質問攻めされるのであった。
「先日の紅白歌合戦ではなぜ最初歌われなかったのですか?」
知っている方もいらっしゃるかもしれませんが、私は先日の紅白歌合戦に出場した際に、AメロとBメロを歌い忘れサビしか歌えなかったのである。正確にいうと、AメロとBメロとサビの伴奏が同じ進行の曲だったため歌い出すタイミングを見失ってしまったのであった。頭が真っ白になるとはこういうことを言うのかと思った。
逃げるように楽屋に戻り、携帯を開くとツイッターで動画が拡散され、「にゃんぞぬデシ」というワードがトレンド1位になっている。いくらツイッターが好きな私でもこんなことでトレンド1位にはなりたくなかった。
番組の最後に出場者全員で歌う曲があったため、「自分よ。何も無かったかのような顔をしなさい。」と何度も言い聞かせてその場を乗り切った。しかし、そういう意識が働いているということは私は確実に不自然そのものだったに違いない。
テレビでも録画してきたが、司会の方や審査員の方がどんな顔をしているのかを知るのが怖くて、今のところ一生観れなそうである。
12月31日からの日々はというと、仕事でお世話になっている方にお会いするたびに頭を下げている。
しかしある方は言った「口パクじゃないのが証明できてよかったね。」と。
また、ある方は言った「あれがきっかけでにゃんぞぬデシを聴く人がすごく増えたらしいじゃん」と。
私は、こんなことが言える人間になりたいと誓った。
失敗というものは消すことが出来ない。失敗に何をどう書き足していくのかが大切である。抽象的な例えはわかりにくい。だから私は具体的に例えを作って行こうと決めたのである。
というのが遡ること今から70年前の話である。
続きの話はニコニコ動画の有料会員になると聴くことができる。というのは全て嘘で、なぜこんな嘘を付きたくなったかというと私は最近メンタリストDaiGoさんのYouTubeを観ているが、YouTubeに載っているのは前半のみであり、続きを観るためにはニコニコ動画の有料会員にならなければいけないのである。私はその有料会員になるか、ならないかとても迷っているのである。一つ嘘じゃないことがあった。紅白歌合戦に出場することである。

2019.01.22 20歳になって何か変わった事はありましたか?

「20歳になってから何か変わった事はありましたか?」
20歳になってから背中に羽が生えて、空を飛べるようになったんですよ!
今でもその日のことは鮮明に覚えています。
2018年8月4日、20回目の誕生日を迎えた朝、起きて背中に羽が生えていることに気づいたときは驚きよりも喜びの方が大きかったですね。今まで海外に行ったことがなかったので、今から海を渡ってアメリカまで行くぞ!って決心しました。
でも玄関を開けて外に出てみたら真夏の猛暑で。。。
初フライトで熱中症になるのは嫌なので、アメリカに行くのは断念しました。
とりあえず近所のスーパーに行こうと、なんとなく羽をパタパタとさせてみました。最初の数回のパタパタではバランスを崩してコケてしまったんですけど、何回もやっていくうちにコツをつかむことができました。上空に浮ききるまで左右の羽に均一の力を加えることが大切ですね。もし上手く飛べなくて困ってる方がいたらぜひ参考にしてみていただきたいですね。
仕事とか用事でアメリカに行くタイミングを失ってしまっているので、決心を早く遂行したいですね。
最近よくされる質問に私はこう答えたい。
でも私がそんな答えをしたら本気でそう思っているのか、はたまたふざけているのかどちらか危ういグレーゾーンになってしまう危険性があるので我慢をしている。
だから「お酒を飲んでみました。」と話す。
20歳になった人がする「お酒を飲んでみましたトーク」というのは、私の中で「りんご→ごりら→ラッパ」の流れで進むしりとりをやっているのと同じように感じるのである。さっきのはプラスを頑張って消す我慢。今度はマイナスを頑張って灯す我慢。
ちなみにこれを機に「お酒飲んでみましたトーク」を少し挟むが、コップの3分の1も飲めば動悸・手足の冷え・頭痛がトリプルアクセルを踏んでくる。
背中から羽が生えてくるような目に見える、分かり切った変化など何一つないのに20歳から成人とみなされる世界ってなんだかしっくりこない。だから人間は20歳になったら羽が生えてくればいいのだ。そうすればみんな納得がいく。そして単純に空を飛びたい。
私は大人にも子供にもなりたくないのである。
というか、大人と子供の区別とはなんだろうか?
「大人」「子供」という言葉があることによって、心は知らぬうちに色々なことに縛られていることだろう。
私は何才にでもなれる人間でありたい。
「20歳になって変わった事はありますか?」
たった今思い出したことがある。
私は携帯の目覚ましを5分おきに10セットかけている。以前は1回目のアラームが鳴ると、本能的に携帯の主電源を切っていたが、最近は切らないようになった。
これが20歳になって、というよりも20歳になるにつれて変わったことである。
明日は10時起きだ。
いつも通りにアラームをセットする。
10:00・10:05・10:10・10:15…以前の本能を思い出してしまったが故に、明日は携帯の主電源を切る18才になるかもしれない。

2018.12.31 にゃんぞぬな日々2018

1月
●ギブソンさんからギターを2ヶ月間くらいお借りする。

2月
●にゃんぞぬデシ初楽曲提供
DISH//さんに楽曲提供
どういうことなんだい?

3月
●初フルバンドワンマンライブ開催
下北沢MOSAiC

●ミニアルバム「魔法が使えたみたいだった」制作スタート

4月
●J-WAVE
「AVALON」のスピンオフ番組
「渋谷のAVALON」のメンバーに就任する(2年目)

●斎藤ネコカルテットライブにてゲストボーカルで歌わせていただく。

●ミニアルバム「魔法が使えたみたいだった」制作中

5月
●パンダ音楽祭に出演

●Oh!MOMONGAさんとツーマンライブ

●ミニアルバム「魔法が使えたみたいだった」約毎日制作中

6月
●サカエスプリング初出演

●しのぴーちゃん(川嶋志乃舞)とツーマンライブ

●ミニアルバム「魔法が使えたみたいだった」約毎日制作中


7月
●ミニアルバム「魔法が使えたみたいだった」約毎日制作中

●ミニアルバム「魔法が使えたみたいだった」リリース!

●「魔法が使えたみたいだった」収録曲『同じ空の下どころか』のMV公開

8月
●TBSラジオ「ハライチのターン」岩井生誕祭でバースデーソング「モネちゃん」を作らせていただく。

●にゃんぞぬデシ20才誕生日ワンマンライブ開催
渋谷O-Crest

●C.I.A.さんに楽曲提供
お揃いの1日

●「魔法が使えたみたいだった」収録曲『am:pm』のMV公開


9月
●「魔法が使えたみたいだった」タワーレコードインストア初ツアー全国を周る"猫マタ旅"に行く。

10月
●アニメ「おこしやす、ちとせちゃん」で初エンディング曲を担当させて頂く!『泣く子も笑う』

●第1回「米百俵フェス」に出演
サンプラザ中野くんさんとパッパラー河合さんと「runner」を歌わせていただく。

●フィロソフィーのダンスさんの定期公演ライブに出演

●『泣く子も笑う』配信リリース(初)

● TBSラジオ「おぎやはぎのメガネびいき」を聴いていたら『泣く子も笑う』が流れてきた。(初オンエア)

●「博多華丸・大吉のオールナイトニッポン」のジングルで『泣く子も笑う』が使われていた。

●「魔法が使えたみたいだった」収録曲『ネゴト』のMV公開

11月
●初学園祭に出演!「明石高専祭」

●にゃんぞぬデシ企画
師匠降臨vol.4
TOMOOちゃんとツーマン

●ニッポン放送初出演する
「billboard JAPAN HOT100 COUNTDOWN」

●アニメ「おこしやす、ちとせちゃん」を楽しみに生活する。

12月
●曲を12曲は作っている

●「おこしやす、ちとせちゃん」の夏目靫子先生と対談させて頂く。

●アニメ「おこしやす、ちとせちゃん」を楽しみに生活する。

●2019年 1月1日『三四郎のオールナイトニッポン2019新春初笑いスペシャル』の出演を楽しみに生活する。

●成人式に行く日だという事を気付かず、成人の日にワンマンライブを入れてしまう。
1月14日(月祝)渋谷eggman
皆さま遊びにいらしてくださいませ。

月で分けられなかったにゃんぞぬな2019
●渋谷のラジオ
「吉笑に美津留のファンタジオ渋谷」の準レギュラー
放送作家の倉本美津留さんと落語家の立川吉笑さんのトークがめちゃくちゃ面白いです。不定期で私1人になる回もあります。毎週月曜15時〜生放送

●bayfm「ON8+1」
2年前のミニアルバム「ハッピーエンド建設中」の時から応援してくださって、今年もたくさんお世話になりました。もう、家族です。千葉の実家です。大好きです。

●FMヨコハマ「いきものがかり山下穂尊の上手投げ!!!ラジオ」
何度もゲストで出演させていただきました。私がゲストで出演していない時に、「後輩のにゃんぞぬデシ」って山下さんが言ってくださっていてなんか、最強に嬉しかったです。

●TBSラジオ「ハライチのターン」
毎週絶対聴いているリスナーですが、時々「にゃんぞぬデシ」という言葉が聞こえてくると心臓が止まりそうになります。本当にありがとうございます。

●隔週金曜20時〜生放送
ラインライブ「にゃんぞぬデシの猫じゃらし
質問箱の良い使い方を発明しました。何か嬉しかったこと、嫌だったこと、質問、相談があったらいつでも、24時間質問箱に書き込んでください。毎週できない時もありますがみんなにお会いできるのをいつもたのしみに放送しています。


これがリアルにゃんぞぬな日々です。
テストには出ません。
時の流れって早かったり遅かったりで不思議です。
「え、これがこんなに前なの?」とか「え、これってこんなに最近だったっけ?」とか、スケジュール帳を見返していたらそんなことばかりですよね。
表にしてみると今年は「初」がいっぱいだったということに気づきました。
これから、今年「初」だったことが「ありがたい当たり前」になっていけるように頑張るのみです。いま、私の音楽を聴いてくださっている皆さまが「前からこのアーティスト聴いてる」って心のどこかで嬉しくなれるような音楽の人になりますね。
私はたくさんの方々、曲を聴いてくださる皆さまに支えられて生きています。それはどれくらいかというと、私はこんなに支えられるに見合う人間なのだろうか?と、考える程度です。
そして皆様のことが大好きです。今年もありがとうございました。こういう、文章を書いていると嘘じゃないのに嘘っぽくなっちゃってる気がする、とか思って、思って、思って、目が回るほどぐるぐるしてしまうので、ぐるぐるしてしまった分は音楽に変身させてみんなにお届けにあがります。では、さよなら2018年。

2018.11.22 まるちゃん

「あと一駅で着く!」そうLINEを送った。
今日は4年ぶりにディズニーシーという国に行くのだ。4年前と同じ人。大好きな友達まるちゃんと。
そして、私は駅に降り立った。さすが4年ぶりに来ただけある。駅から見える景色が変わっていた。まるちゃんから「改札出て右にいる」とメッセージが来た。私は改札に出て右に行った。あれ、まるちゃんがいない。
そこで初めて気づいた。
私が降りたのは舞浜駅ではなく浦安駅だったということを。乗り換え案内検索の時点で浦安駅と入力していた。漢字で二文字。うん、とてもよく似ている。いや、似ていない。
私は30分遅れて舞浜にたどり着いた。本当に他の国にたどり着いたみたいな達成感を味わった。遅刻している分際が。
まるちゃんは浦安から舞浜までの旅を忙しなく謝罪する私を約1分でスルーして、旅行のお土産と、ポップコーンとじゃがりこをくれた。
ディズニーシーという国に足を一歩踏み入れた。なぜ、この場所はこれほどまで人をワクワクドキドキさせるのだろうか。感動が散りばめられている。でもそれを「夢の国」と言ってしまうのは寂しいから私はそう言いたくない。
マーメイドラグーンシアターという所に初めて行った。『リトル・マーメイド』のアリエルのミュージカルショーだった。アリエルは大人数いる姉妹の末っ子だ。姉妹の中で一番若くて才能があって期待されているアリエルである。ミュージカルの最中、お姉さん達はみんなアリエルを愛し応援している様であったが、これが現実の人間だったら、嫉妬が飛び交って大変なことになるとよぎったが、すぐに考えるのをやめた。このミュージカルが本当にすごくて、アリエルがヒモで天井から吊るされていて空中を泳いでいるみたいな振り付けで踊ったりetc…文章で説明するとリアルとファンタジーが喧嘩してしまうことに気づいたので観に行ってみてください。本当にすごいです。感動して泣いた。
そんな感じで朝9時から21時までずっと感動し続けていた。時間があっという間にすぎるのはこの国に遊びに来たからではない。まるちゃんはいつも時間を早く進ませる天才だ。4年前とは話す内容もだいぶ変わっていた。着ている服、よく会う人、起きる時間、使う電車、いつの間にか埋まっていった今までを、掘り起こしてみるのも面白い。映画の登場人物になった気分だ。
逆に変わっていないものは何だろうかと考えれば、まるちゃんが浮き上がる。私はまるちゃんが大好きだ。

2018.10.22 集中パワー

駅ビルの休憩スペースに置かれた長椅子。
制服を着た男女が2人座っていた。私は2人の隣に座った。なんだか気まずいので2人に背を向けて携帯を見ていた。
なぜ、集中していると周りの音は聞こえなくなるのか不思議だ。
人と会話している最中、返事を書いている最中、歌詞を考えている最中、ツイッターを開いて趣味のエゴサをしている最中(にゃんぞぬっていっぱい呟いて下さるとただひたすらに嬉しいです。よろしくお願いします)、アメリカに行ってみたいけど一緒に行ってくれる人がいなかった場合1人で行かなければいけないから少し怖いなぁその前にアメリカ行くお金ないなぁと考えている最中、周りの音が無意識に入ってこない。
ふと周りの音が聞こえ出したなら、それは集中がどこかへ飛んで行った合図なのだ。
後ろから男子学生の声がした。
「おつかれさまです。先日の件は大変申し訳ございませんでした。」
なんて大人な男子学生なのだろうか。
高熱を出てしてバイトのシフトを当日キャンセルしてしまった謝りの電話か?
授業中居眠りをしてビクっとなった時にそのビクっが大きすぎて教室の床に穴を開けてしまった謝りの電話か?
黒板消しを持って帰ったら無くしてしまった謝りの電話か?
いずれにせよ、制服を着た学生がこんなに丁寧で礼儀正しいことに尊敬の念を抱いた。こういう人の彼女もきっと良い人なんだろうな。いや、後ろの2人は付き合っているのか?ただ2人で座っているからといってカップルだと決めつけてはならないのだ。手を繋いでたりするだろうか?確認したかった。私はさりげなく後ろを振り返った。
すると、そこにいたのは制服を着た男子学生ではなくスーツを着た二十代くらいの男性だったのである。
一瞬冷静になったところ答えが出た。私はさっき、考え事に集中しすぎていたのだ。おそらく集中パワーが莫大で、宇宙に何らかの影響を及ぼし、光の速度で私だけ未来へ進んでしまったのだ。
今、私の横にいるのは紛れもなくさっきいた男子学生の数年後だ。隣に彼女の姿はない。
別れてしまったのか…ただの友達だったのか…確認してみたい。
大人には謝ることがいっぱいあるのか。
まだ、電話で話している。
「本当に申し訳ございません」
電話の向こうに向かって何度もお辞儀をしている最中だ。
きっと今、私が「数年前からタイムワープしてきました。」と言ったって彼には聞こえないだろう。

2018.09.22 遠慮の塊

にゃんぞぬデシは初インストアツアー『猫マタ旅』をしてまいりました。全国6ヶ所へ音楽を届けに。たくさんの方が出会ってくださり、皆様に『またここで歌う為に頑張る』という気持ちを戴きました。ありがとうございます。猫マタ旅大阪編でにゃんぞぬデシが立ち上げた自主レーベル「三毛猫レコーズ」のみんなでたこ焼きを食べに行きました。たこ焼きは全部で4種類。ソース味、醤油味、塩味、ポン酢味。大きなお皿に6つずつたこ焼きがのっています。全種類食べたところで、大皿を見てみると見事に各味1つずつたこ焼きが残っていたのです。テーブルに運ばれて来た時はチームソースvsチーム醤油vsチーム塩vsチームポン酢のように闘争心が漲っていたたこ焼きたち。しかし時が経つに連れ大勢のメンバーは就職をすることを決意し、「たこ焼き」から卒業してしまったのだった。そして、1人1人取り残されたソース、醤油、塩、ポン酢達。次週「取り残された4人!芽生える絆!??」というようなことを考えていたりいなかったりしていた私ですが、三毛猫レコーズの人が「遠慮の塊だね〜」と残ったたこ焼きの方を見て呟いたのです。私の耳が震えました。遠慮の塊!!!すごい言葉だ!!!「遠慮」というものは目に見えない概念なのに、「遠慮の塊」という表現をすることによって「遠慮」が目に見えているではないか!!!と、ショックなほど感動してしまいました。この言葉を生み出した人、詩人ですよ!天才ですよ!
いま私は自分で作った「遠慮の塊方程式」にハマっている。
「幸せのかけら」→お祭りですくってずっとテーブルの上に飾っていたがしぼんでヨボヨボになってきてしまったヨーヨー。※注意フィクションです。
「嗚咽の標本」→やけ酒をし、片付けなければいけないとは思ってはいるが、これが自分を表しているものだということを自覚して満足したいがために散乱したままにしている瓶や缶。※注意フィクションです。
「欲望の塊」→初めて食べた醤油味のたこ焼きが美味しすぎて最後の1つを食べてしまったにゃんぞぬデシ。※注意ノンフィクションです。ごめんなさい。

2018.08.22 平成最後の夏

私はかき氷屋でバイトをしていたこともある程かき氷が好きだ。8月4日に誕生日プレゼントでかき氷機をもらってからかき氷ofライフを送っている真っ最中である。
私はワンマンライブで水を飲むとき魔法瓶を使用する程魔法瓶が好きだ。朝、魔法瓶に氷を満タンに入れてそこに飲み物を注ぐと夜中までキンキンに冷たいままである。電気を一切使っていないのにすごすぎる。まさに魔法の瓶である。6月初夏に使い始めてから魔法瓶ofライフを送っている真っ最中である。
私の「平成最後の夏」はかき氷機と魔法瓶と生きた素晴らしい日々である。
今日は暑い。制作スタジオで音楽を創る予定がある。朝起きると冷房が敵わない、真夏の日がカーテンを突き抜けていた。これは朝ごはんにかき氷を食べるしかない。
時間に余裕があったので、かき氷を2つ製造して食べた。ちなみに1つ目は、きな粉練乳。2つ目はみかんソースだ。しかし、いつものようにかき氷の美味しさに感動していたところ家を出なければならない時間がギリギリになってしまっていた。
私は慌てて歯を磨いた。鞄を持ち、魔法瓶をいれ、ギターを背負い、靴を履き、外へ飛び出した。そこで私は気づいた。
歯磨き粉を口に含んでいるままであるということに。
焦り指数が平常値を超えていたのだ。だが、急がないと電車に乗れないので頬を膨らましながら走った。向こうから歩いている人から見れば、私は何かに対して怒りながら猪突猛進している音楽家だ。口に歯磨き粉を含みながら走るということは想像をはるかに超えた辛さであるため、非常識ではあるが、早く駅について駅のお手洗いで出そうと決意した。
駅に到着したのは電車が発車する1分前。だが、辛いのでホームから少し離れたお手洗いに向かった。しかし、全部人が入っていた。洗面所はピアスを直している人と髪型を整えている人で埋まっていた。私は『あああああ』と、大きな声で言いたいくらいだったが歯磨き粉に占領された口は開けることができなかったため歯磨き粉がはいっていてよかったと思った。
結局歯磨き粉ステイのまま電車に乗った。いま、私を笑わせるような人が電車に乗ってきたならもう終わりである。ふなっしーの梨汁ぶしゃー実写化である。だから感情を無にして電車に乗っていた。頬を膨らましながら。ほかの乗客から見れば私は何かに対して怒りながら電車に飛び乗ってきた音楽家である。あと少しで駅に着きそうになったとき、とても喉が渇いていることに気づいた。熱中症になるかもしれないという急な恐怖が歯磨き粉を飲む気持ち悪さに一瞬で勝った。私は無意識に歯磨き粉を飲み込んでいた。すぐに魔法瓶から水を飲んだ次の瞬間、私の口と喉が凍った。これは過剰表現ではない。本当に凍ると思った。魔法瓶に入ったキンキンに冷えた氷水と、歯磨き粉のミントが合わさり氷点下になっているのである。
そして、歯磨き粉氷水は体内で2杯のかき氷と待ち合わせをしていたため、結局私は氷になった。私の体は『平成最後の冬』だ。しかし『平成最後の冬』は『平成最後の夏』にすぐに溶かされ短い幕を閉じたのであった。

2018.07.22 甘栗ソムリエへの道

好きな食べ物一品だけ、無限に出てくる魔法が使えたとしたらあなたは何の食べ物にしますか?
私は迷わずに「甘栗」と答えます。
できれば殻付きのやつでお願いします。私は甘栗ソムリエにすらなりたい。
そんな魔法はまだ使えたことがないんだけれど私は『魔法が使えたみたいだった』というミニアルバムを7月25日(水)にリリースするのである。
春から夏までずっと1日10時間くらい制作部屋に閉じこもっていた。
私は制作部屋の壁に『甘栗のストックは絶対に切らさないようにしよう!』という透明なスローガンを貼ったのであった。だから毎日甘栗も一緒だった。
益田トッシュさんという音楽家の方と一緒に、にゃんぞぬデシの歌とギターだけが録音された楽曲を色とりどりにしていく、アレンジということをしていた。
今回、アレンジを一緒にすることができてどの曲どの1秒を切り取っても私が最高だ!素敵だ!と思ったものが詰まった作品にすることができた。
制作も佳境に入った時期に事件は起きた。いつも購入していた甘栗が、パッケージは全く変わらないのに中身というか、甘栗の製法が変わってしまったのである。
例えるならば、見た目は全く変わらないのにある日突然、「無口になりふざけることもしなくなったクレヨンしんちゃん」というくらい衝撃的なものであった。
あっけにとられていた私の目の前にガラスのお皿に盛られた甘栗が置かれていた。
甘栗畑から収穫してまだ5分しか経っていない。釜の中に放り込み、炒る。ホクホクと湯気が立つ。甘栗達はそんな、新しくて鮮やかな顔に生まれ変わっていた。
トッシュさんがフライパンで加熱してみてくださったようだ。
一粒口に入れて見た。私は甘栗を飲み込むまで中国天津に瞬間移動することに成功した。
トッシュさんは実は甘栗ソムリエだったのだ。
私はミニアルバム『魔法が使えたみたいだった』制作中に魔法を手に入れたのであった。
にゃんぞぬデシ甘栗ソムリエへの道はまだまだ続く。

2018.06.22 ネコ型ロボット

夜9時。
夏になりかけている。
駅に着くまであと8分。
私を追い越していく人、すれ違う人は会社帰り、学校帰り、塾帰り、遊び帰り、バイト帰りのどれだろうか。歩いてる人みんなが帰り道とは限らないんだけどね。
私は、歩いている途中にだって道路で寝てしまいそうなくらい強さを持った、睡魔と闘っている真っ最中であった。
眠い。眠い。とにかく眠い。
私は真面目に考えた。あぁぁドラえもんがいたら『ドラえも〜ん。どこでもドア出してよ〜。眠すぎるよ〜。もう家まで帰れないよ〜』って言って助けてもらえるのに・・・
この日は朝から7月にリリースするミニアルバムの制作をしていて、10時間くらいスタジオにずっと篭っていた。
10時間くらい。
普段なら長時間同じ場所に居たくないと思うんだけど、制作中はそんなことを思う隙もなく、知らぬ間に太陽が居なくなって、月が浮かんでいる。音楽は浦島太郎の微弱玉手箱みたいだ。
そんなこんなで、集中していた頭はスタジオを出た瞬間に解き放たれて、身を潜めていた睡魔が突進してきたのであった。
なんとか駅に辿り着き、電車の座席に座り光の速さで私は寝た。
「ニャオニャオ」と聞こえてきた。
私は目を開けた。まだ1駅しか進んでいなかった。
隣に「ニャオニャオ」を鞄に入れたお姉さんが座ってきたのであった。
鳴き声の姿を見たい!!!!!
茶トラか?白か?黒か?お姉さんの雰囲気的にロシアンブルーか?
しかし、鞄は「ニャオニャオ」が怖がらないように布で覆われている。
どうしても鳴き声の姿を見たい。必死の思いは届かずお姉さんは、わずか2駅で降りてしまった。
気づけば私の目は冴えきっていた。
実写版ドラえもんが目を覚ましてくれたのであった。
いや、あの鞄の中には、私の目を覚ますために未来からやってきた、猫に変身した本物のドラえもんが入っていたのかもしれない。

2018.05.22 1万6800円

にゃんぞぬデシです。私3年前に貯金箱を買いました。五百円玉を満タンに入れると20万円になる貯金箱です。高校2年生の私にとって、五百円の生存が発覚するたびに貯金箱の音を立てなければいけないというのは修行同然あり、6枚で断念しました。そこで五十円玉貯金にシフトすることにしたのでした。これだと満タンに入れると2万円になる。五百円と五十円の差額は450円だけど、20万と2万の差額って18万もあるんですね。算数の文章題つくれそうです。
貯金箱は忘れ去られていた時期もありましたがずっと五十円玉貯金を続けるようになっていました。五十円玉のお釣りがくるようにSuicaの入金機では千円札を投入してチャージ金額は950円にしてたくらい五十円玉に染まった生活です。十円玉×5枚でお釣りが出てくる確率は42パーセントです。
そして、先日ほぼ満タンになった五十円玉を通帳に預けることにしようと決め銀行に行ってきました。ATMで入金できると思ってたら、硬貨は窓口に行かないとだめだった。窓口の銀行員がガシャガシャと五十円玉を機械に放り込んでいる最中「できるだけ大きく変身して」って唱えてましたね。そして領収書的な紙をもらい、合計金額が判明!
1万6800円!&手数料的なやつ200円!
ちょっとぉぉぉ!!!手数料の200円なかったら1万7000円でなんかかっこいいのに…貯金を引き出す時に手数料取られるのはまだわかるんですけど貯金するときに手数料取られるって皮肉じみてませんか…
振り返ってみてみました。貯金箱代が100円、手数料が200円。300円赤字なのかもしれない。五十円玉貯金をしていなかったら1万6800円使っていなかっただけかもしれないって思ってきてしまったんですね。そこで、私は閃いたのです。牛乳パックに千円札貯金をすればいいのだと。にゃんぞぬデシ硬貨生活スタート。(2枚で断念)

2018.05.22 タイムスリップ

2018年春、私にゃんぞぬデシの夢が一つ叶った。フルバンドでワンマンライブを行なったのである。
夢が叶ったということで、夢が誕生した時代にタイムスリップしてみたいと思う。時は、5年前にゃんぞぬデシ中学2年生である。小学生の頃マイケルジャクソンに衝撃を受けて以来、音楽には必然的な憧れがあったものの、私に『バンドをやりたい』という気持ちを発生させた光たちは4つあった。
1つ目はBECK(漫画)
2つ目はBUMP OF CHICKEN
3つ目はスピッツ
ここで『コユキも藤原さんも草野さんも皆んな歌いながらギター弾いているではないか!!そうか!!ギターを持てば自動的に曲が作れるようになるのか!!私もギターを買おう!!』という発想に至ったのである。
そして4つ目は閃光ライオット(聞いていたラジオSCHOOL OF LOCK主催のコンテスト)に出場したいという思いであった。だが、しかしギターを買うお金はない。そこで1日300円支給されていたお弁当代をへそくりすることにしたのであった。日に日に膨らんでいく憧れに相反して、へそくりの金額はなかなか成長してくれなかったが半年以上かけてやっと目標金額の2万円に達したのであった。小銭だらけの2万円を制服のポッケに忍ばせて入った教室では誰もが泥棒に見えた。授業が終わったあと、一番乗りで学校を飛び出しハードオフへ急いだ(楽器を売っているお店そこしか知らなかった)
楽器コーナーをちゃんと観るのはこの日が初めてだった。姿勢よく陳列された何十本ものギターは、飼い主に売りに出され、落ち込んだ表情をしているようだった。
端から順番に物色していく途中で三千円の赤いギターを見つけた時、想定外の安さにへそくり2万円の歳月も落ち込んでいた。私は赤が好きなのでこのギターを買うことに決めたのである。レジにギターを持っていくと店員さんが「このまま持って帰りますか?」と言った。たしかに素のままでは持って帰れないということに気付いた。ふにゃふにゃのギターケース(別料金500円)も一緒に購入して赤いギターを中に入れて持った時『新しい飼い主です。これからよろしくお願いします。』と伝えた。初めて背負ったギターが自動ドアに写っていた。最高にかっこよかった。
お店を出ると小雨がちょうど降り出したため「れいんちゃん」と名付けたが、未だに一度も名前を呼んだことはない。いつもはうなだれる雨の中を頭の中でスキップしながら帰宅し、さっそく弦に触れてみたが全く音がしない。あのギュイ〜ンという音が。三千円で壊れたギターを買ったのだと絶望していた。
私はアンプという存在を知らなかった。
私はエレキギターを知らなかった。
私は5年前ギターを弾けなかった。
私は5年前、曲を作っていなかった。
私は5年前いま出逢えている人の半分以上が知らない人だった。
私は5年前ギターを始めたのである。
タイムスリップ終了。
これからも数えきれないくらいタイムスリップをしていく。夢が誕生した場所へ。夢を叶えて。